ニューヨークの屋敷裕政さんは、芸人になる前にテレビ番組のADをしていました。
担当していたのは「ネプリーグ」や「ザ!鉄腕!DASH!!」なんです。「どうしてADを辞めて芸人になったの?」と気になりますよね。屋敷さんがインタビューで話した、転身のきっかけを見ていきましょう!
最終更新:2026年10月14日
ニューヨーク屋敷がADをしていた制作会社は?

屋敷さんが働いていたのは、IVSテレビ制作株式会社です。同志社大学を卒業したあとに就職し、約1年間ADとして働いていました。お笑いの世界には、最初から飛び込んだわけではなかったんですね。
出典:フジテレビ・めざましmedia「ネプリーグ」出演時のインタビュー
出典:まいにちdoda・屋敷裕政さんインタビュー(2019年)
担当していた番組は「ネプリーグ」「鉄腕DASH」
- 「ネプリーグ」(フジテレビ)
- 「ザ!鉄腕!DASH!!」(日本テレビ)
私たちが見ているバラエティ番組の裏側を支えていた屋敷さん。芸人になってから「ネプリーグ」に出演したときには、AD時代の話もしていました。昔はスタッフ、今は出演者というのが面白いですよね。
屋敷さんのAD時代はどんな仕事をしていた?
本人のインタビューによると、ロケの準備や撮影などを担当していたそうです。忙しい時期には帰宅できない日もあり、番組が放送されると大きな解放感があったのだとか。AD時代は大変なことばかりではなく、一緒に働く同期との時間も支えになっていたんですね。
フジテレビのインタビューでは、「ネプリーグ」のAD経験があるからこそ、番組でうまく答えられなかった出演者の気持ちも分かると話しています。裏方の経験は、今の仕事にもつながっているのかもしれませんね。
ADから芸人になった理由は?M-1のDVDがきっかけ

屋敷さんは当初、芸人になるための準備としてADを選んだわけではなかったそうです。大学を卒業して就職するなら、興味のあるテレビやバラエティの仕事がいいと考えていました。
ところが、会社で出世した将来を想像しても、気持ちが弾まなかったのだとか。そこで一番やりたいことを考えると、答えは芸人だったそうです。さらに、M-1グランプリの舞台裏を収めたDVDを見て、舞台に立つ側になりたいという思いが強くなったと話しています。
一方で、会社を辞めると決まったあとには、安定した仕事を手放す怖さも感じたそうです。楽しそうだから勢いだけで転身した、というわけではなかったんですね。
2026年現在の屋敷裕政の年齢・プロフィール

- 名前:屋敷裕政(やしき・ひろまさ)
- 生年月日:1986年3月1日
- 年齢:40歳(2026年10月14日時点)
- 出身地:三重県熊野市
- 所属:吉本興業
- 養成所:NSC東京校15期
- コンビ:ニューヨーク(相方は嶋佐和也さん)
出典:吉本興業公式プロフィール
2009年にNSC東京校へ入り、そこで出会った嶋佐さんと2010年にニューヨークを結成しました。ADとして番組作りを経験したあと、お笑いの舞台に立つようになったんですね。
ニューヨーク屋敷の元AD時代についてよくある質問
テレビ局の社員だったの?
勤めていたのはテレビ番組を作るIVSテレビ制作です。日本テレビやフジテレビの番組を担当していましたが、テレビ局の社員というわけではありません。
ADとして働いた期間は?
本人のインタビューでは約1年間です。その後、NSC東京校へ進みました。
出身大学はどこ?
同志社大学です。卒業後にテレビ番組を作る仕事へ進んだんですね。